人手不足の介護・福祉業界「マネジメント力の低下を解決する自律型組織の構築手法とは」

-
業種
介護福祉施設
- 種別 レポート
介護・福祉業界では、長年にわたり人手不足が深刻な課題となっています。ただし、その背景は単なる「人員不足」にとどまりません。多くの法人が直面しているのは、①採用しても早期離職が続く、②現場が慢性的に疲弊している、③指示待ちの職員が増えてリーダー層が育たない――といったマネジメント上の課題です。人手不足は、このような「マネジメント力の低下」と表裏一体で進行しているのです。 本レポートでは、介護・福祉事業所が直面する人手不足の現状を分析し、それを乗り越えるための「自律型組織」の構築と具体的なマネジメント手法について解説します。
介護・福祉業界が直面する課題
深刻な人手不足から見える、マネジメント力の低下
人手不足は、単なる求人難という単純な話ではありません。それは、以下の4つの段階に分けられる、より複雑な問題です。
- 求人難段階:求職者が集まらない、応募がない状態です。
- 採用不完全段階:応募者の中から適切な人材を選べていない状態です。
- 職員退職段階:採用した職員が早期に離職してしまう状態です。
- 人材育成難段階:職員が育たず、育成ができない状態です。
多くの事業所は、ハローワークや人材紹介会社を使って採用活動を強化しています。しかし、離職の原因を放置したままでは、いくら人を採っても人手不足は解消しません。穴の開いたバケツに水を注ぎ続けるようなものだからです。まず取り組むべきは、採用よりも現職員の定着を図ることです。
変化する働き手の意識と育成環境
近年は働き手の価値観が変化し、人材確保をさらに難しくしています。とりわけ若手は終身雇用を前提にせず、転職を当然の選択肢と考える傾向が強めです。そのため「早くどこでも通用する力を身につけたい」と望み、職場を見切るまでのスピードも早くなっています。
たとえば介護福祉士が 基本的な介護を一人前にこなせるようになるまで約5 年、利用者ごとに個別支援計画を立てられるようになるまで約10年とも言われ ます。ところが若手職員は、そこまで長い成長プロセスを待たずに次の職場へ移ることも珍しくありません。つまり、育成に要する時間と、若手が職場を見切るまでの時間とのあいだに大きなギャップが生じているのです。
また、SNSの普及により、他法人の情報が容易に手に入ることも、職員の離職につながっています。「隣の芝生は青く見える」状態が生まれやすく、自分たちの組織への不満が溜まりやすい環境です。この結果、以下のような「見切り」が生じます。
- 「いても無駄」の見切り:先輩や上司を見て、「この組織にいても、いずれこうなるだろう」と将来に希望を持てないことによる離職
- 「言っても無駄」の見切り:自分の提案が採用されず、あるいは指導内容も人によってばらつきがあるため、誰の指示に従えばよいのかわからない といったような、組織への不信感がつのって起こる離職
こうした課題を放置すると、「上司に言っても無駄」という認識が、「組織に言っても無駄」という認識へと転嫁され、組織全体が硬直化してしまいます。最終的には、頑張っている職員が疲弊し、限界を迎え、離職するという悪循環に陥るのです。
課題を解決する自律型組織の構築
なぜ今、自律型組織が必要なのか
現代社会はVUCA(変動性:Volatility、不確実性:Uncertainty、複雑性:Complexity、曖昧性:Ambiguity)の時代と呼ばれ、変化が激しく、不確実性が高い環境にあります。このような時代に生き残るためには、市場の変化に素早く適応し、判断・行動できる組織作りが不可欠です。
これまでの指示・統制を重視するウォーターフォール型(管理型)組織では、上層部からのトップダウンの指示をミスなく遂行することが求められました。しかし、これからの時代に求められるのは、アジャイル型(自律型)組織です。
これは、職員一人ひとりが自律的に判断し、状況に応じて最適な方法を見つけることができる組織です。階層ごとの役割はもちろん大切ですが、誰もがリーダーとなり、誰もがフォロワーとして互いに協力し合える。役割を超えた自律が、いま求められています。
自律型組織を構築するための5 つのステップ
自律型の組織は、自然発生的には生まれません。意図的に設計する必要があります。その手順として、次の5 ステップをお勧めします。
- 目標:職員が組織の理念や行動指針を深く理解し、納得している状態を作ります。
- 役割:職員一人ひとりの役割を明確にし、できる限り権限を委譲します。
- 仕事の進め方:トップダウンの一方的な指示ではなく、双方向で常に情報を共有し、コミュニケーションをとる体制を整えます。
- 関係性:心理的安全性を確保し、良いことも悪いことも議論できる信頼関係を築きます。
- 個人:職員が自身のキャリアや仕事にどのような願いや欲求を持っているかを知り、自己効力感を高められるように支援します。
これら5 ステップの土台となるのが「信頼」と「対話」です。特に、対話型リーダーは欠かせません。リーダーは指示を出すだけでなく、問いを投げかけて部下の思考を促し、的確なフィードバックを重ねることで、自律型の人材を育てます。
介護業界における成功事例
介護・福祉事業所の中には、こうしたマネジメント手法を導入し、自律型組織の構築に成功している事例があります。
事例法人A
- 準公務員的な年功序列の人事制度を運用し、受動的な職員が多いという課題を抱えていました。
- そこで、一般職を含む職員15名で約1年間にわたるプロジェクトを実施し、役割定義に「地域交流」や「地域還元」といった項目を盛り込みました。
- プロジェクトを通じて、理事長が地域に対する想いや職員に求めることを伝え続けた結果、職員は自発的に外部での講演や地域行事を企画するなど、積極的に活動するようになりました。
- これは、目標の重要性を理解させ、役割を明確にすることで、職員の行動変容につながった良い例です。
事例法人B
- 特定の事業所で離職率が非常に高かった事例です。原因は、指導方法が職員ごとにバラバラで、新人職員が混乱し、人間関係が悪化していたことでした。
- この法人は、現場の「ムリ・ムラ・ムダ」を洗い出す「気づきシート」を活用し、業務マニュアルを作成しました。
- その結果、指導方法が統一され、業務の効率化が図られました。これにより、指導の頻度も改善し、離職率が他の事業所と同程度まで低下しました。
事例法人C
- 離職率が30%を超え、監督職も不在という深刻な定着・育成課題を抱えていました。
- そこで人事制度を刷新し、チームワーク重視の方針を明確化。協調性の高い職員を積極的に評価・昇格させる一方、個人プレーに傾く職員には指導を徹底しました。
- その結果、個人プレーに固執した職員は退職したものの、残ったメンバーはチーム志向を共有し、自発的に業務改善とサービス向上に取り組むようになりました。
- サービスの質も大きく高まり、たとえば誤嚥性肺炎による入院は直近2 年間でゼロ件を達成。地域の評判も高まったことで、応募者数は 3倍に増加しました。
これらの事例は、組織の課題を先送りせずに、人事制度の見直し、業務プロセスの改善、そして対話を通じたマネジメントを行えば、職員の行動を変容させ、組織全体を活性化できることを示しています。目の前の課題は、まさに成長・飛躍への大きなチャンスなのです。
私たち組織人事コンサルタントのアプローチ
では、組織人事コンサルタントは、お客様の課題に対してどうアプローチするか。私たちは、介護・福祉事業所が自律型組織を構築するためのご支援を得意としています。長年のコンサルティングの経験から、次のようにお客様の課題にアプローチします。
体系的な人材育成システムの構築
人材育成は、個人の経験に頼る属人的なものではなく、組織として体系的な仕組みを構築する必要があります。私たちは、以下の「ハード面」と「ソフト面」の両方からアプローチすることで、自律的な組織を育む土壌を築きます。
ハード面の整備(組織施策)
- MVVや人事方針の刷新:組織が目指す方向性(ミッション、ビジョン、バリュー)を明確にし、職員に共有します。
- 人事制度・人事考課制度の再構築:評価基準を明確にし、職員の貢献度を適切に評価する仕組みを構築します。これにより、頑張りが報われるという実感(貢献実感)を職員に与えます。
- 業務プロセスの見直し:業務マニュアルやライン表を整備し、誰が担当しても質の高いサービスを提供できるような標準化を図ります。
- フィードバック体制の確立:リアルタイムなフィードバックを可能にし、職員の成長を促します。
- オンライン教育コンテンツの拡充:専門領域やマネジメントに関するeラーニングコンテンツを提供し、職員の学習機会を創出します。
ソフト面の醸成(組織風土)
- 「挑戦する風土」の醸成:失敗を恐れずに新しいことに取り組める環境を作ります。
- 「学習する風土」の醸成:互いに学び合い、成長できる文化を育みます。
- 「人が潰れない風土」の醸成:職員の心身の健康を重視し、安心して働ける環境を整備します。
経営状況・財務状況をベースにディスカッションする
なぜ現状分析かと言うと 、法人のいまの状況を把握し、その内容に基づいてディスカッションすることで、本当の課題が浮き彫りになるからです。一言で「人手不足」と言っても、いくつかの段階があります。現状分析に基づいたディスカッションによって、本当に優先しなければならない課題は何なのかを明確にすることが重要です。まずは、簡易財務分析からディスカッションをしてみませんか?
本当の優先課題は何なのか、壁打ちしませんか?
自律型組織「信頼と対話」を育む
最後に、すぐに実践できる取り組みを2つご紹介します。
- 「声かけ」の工夫:毎朝の挨拶に加えて、部下と一言、二言の会話を付け加えてみてください。たとえば 、「最近調子はどう?」や「あの仕事は順調に進んでる?」といった声かけは、部下の状況を把握し、信頼関係を築く上で非常に有効です。
- 「承認」の工夫:職員の成果や取り組みを褒める結果承認やプロセス承認だけでなく、存在承認を意識してみてください。存在承認とは、相手の存在そのものの価値を認めることです。挨拶をしたり、話に耳を傾けたり、感謝を伝えたりすることです。これらは些細な行動ですが、部下は「いつも気にかけてくれている」と感じ、信頼を深めることにつながります。
「なんだ、そんなことか」と思われるかもしれませんが、それを素直に実践できる組織もあれば、難しい組織もあります。小さなことですが、その積み重ねは比類なき強みになります。そして自律型組織の土台である「信頼と対話」を育んでいくはずです。
人手不足は単なる採用の問題ではなく、組織の在り方そのものを見直す絶好の機会です。私たちはその変革に伴走し、お客様の課題解決をご支援して参ります。
本当の優先課題は何なのか、壁打ちしませんか?
本稿の監修者
尾花 龍(おばな りゅう)/株式会社日本経営介護福祉コンサルティング部
「誰もがその人らしく暮らすことを選択できる社会の実現」をMissionに、介護福祉のコンサルティングに従事。専門分野は、人事制度構築や考課者研修など、組織機能改善。法人に合った制度を構築し、「法人の未来づくり」をご支援する。
本稿は掲載時点の情報に基づき、一般的なコメントを述べたものです。実際の経営の判断は個別具体的に検討する必要がありますので、専門家にご相談の上ご判断ください。本稿をもとに意思決定され、直接又は間接に損害を蒙られたとしても、一切の責任は負いかねます。